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西有穆山(にしありぼくざん) 西有穆山、文政4(1821)年、八戸湊村に生まれました。幼少の頃見た地獄極楽図に心を動かされ、13歳で仏門に入り万吉から金英と改名、その後金英改め瑾英と名乗ります。長流寺(八戸市)の金龍和尚に弟子入りし、法光寺(名川町)をはじめ、仙台、江戸に出て修行を重ね、23歳にして鳳林寺(新宿区)の住職となりました。明治33年、横浜に西有寺を建立。翌34年には後醍醐天皇勅願の大本山総持寺の独住第3世となり、明治天皇から「直心浄國禅師」の称号を賜りました。35年には曹洞宗第7代管長となり、43年、西有寺において90歳で遷化されるまで、仏法の擁護を訴え、仏道の復興に尽力しました。 常現寺には明治32年5月開基西有穆山禅師より本尊魚藍観世音菩薩、延命地蔵尊、秋葉三尺坊大士(現在不肖)が寄進され、本堂に奉納安置されました。 |
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